2005年07月14日

「論理の基本」の具体例

最近、気になっているのは 大阪医専の広告ポスター。 このHPにある写真に 「命はチームで守る」というコピーが書いてるんですが 壁がズレちゃってるが為に 「守れてないやん」って事になっちゃってる。 キーパーの位置に点滴付けた患者らしき人を置いたり とか、 細かな所が凝ってるだけに、 「誤った」メッセージになっちゃってるのが惜しい。 (まぁ、その患者が見えるように壁を動かした  ってのが真相なんでしょうけど、  それじゃぁキッカーも動かせば良かったのに) 「丁寧な仕事をしないとイケナイな」 って思った事でした。 あ、どうも。めたかです。

さて、「濃い」更新の第一弾は 「論理シリーズ」です。 前回の記事について、 もう少し具体例を足しておこうと思います。 (ちょうど良い例もありますし・・・)

### まず、簡単な例から。
・風が吹けば桶屋が儲かる この話、こういう事って言われています。

風が吹けば、土埃・砂埃が舞い上がる → 埃が舞うと、目に埃が入って失明する人が増える → 失明する人が増えると琵琶法師が増える → 琵琶法師が増えると三味線が売れる → 三味線の材料として多くの猫が捉えられる → 猫が減るとネズミが増える → ネズミが増えると桶が食われる事が増える → 桶の需要が増えて桶屋が儲かる

ま、こういう話だったんですが、 この1つ1つについて、 「ちゃんと論理的に繋がってるか」を チェックしていきましょう。

### まず 「風が吹けば埃が舞う」という話。 前回の記事に従ってチェックするなら 「埃が舞う場合」の集合が 「風が吹く場合」の集合を含んでいるかどうか? または、 「風が吹いていて埃が舞わない場合」 が、全くあり得ないのか をチェックする事に、なります。

これは、一見すると正しそうに思えます。 ですが、 ホントに「風が吹いて埃が舞わない場合」 って、全くないのでしょうか? それは 「風が吹く」というのが どの程度の強さの風の事を言うのか? 逆に 「埃が舞う」というのが どの程度の量の埃が舞っている事を言うのか? それを、ちゃんと規定しないと 判断できないと、思うんですよ。 だって、 ちょっと弱い風が吹いたくらいで 大して埃なんて舞わないと、思いますから。 ですから この項目については 「これくらいの風が吹けば、  最低このくらいの量の埃は舞うでしょう」 という事を言うのでないと 正確ではないって事に、なると思います。

次の項目は 「埃が舞うと、目に埃が入って失明する人が増える」 って事ですね。 だけど ちょっと埃が目に入ったくらいで 失明までする人が、そうそう居るとは思えません。

と言っても ホントに酷い量の埃が舞ったとすれば 普段の時よりも 「有意に差がある」程度に、 失明する人が増えるかもしれませんね。 (なので、前の項目で  「舞う埃の量」を、ちゃんと決める事は  こちらの議論のためにも必要な事なんですね。)

### さて、 ここまでの「議論」について補足しましょう。 ここでは

「風が吹く」というのが どの程度の強さの風の事を言うのか?
とか
「埃が舞う」というのが どの程度の量の埃が舞っている事を言うのか?
とか、 「言葉の定義をちゃんと決める」事を 重視しています。 それは、前にも書いた通り、 「集合」というものは 「何が入るかが明確に決まっていないとイケナイ」 から、なんですね。 「集合に入る/入らないが厳密に決まる」 からこそ 「集合を用いる」事で厳密な論理が進められる のでしたね。

前に「数量化がなくても厳密な議論は可能」 と主張した際に、 「でも言葉の意味をわざと曖昧にするのは考えられない」 と言った理由が、 今回、説明できたって思います。 そう、 「学問をしてる人」特に「理系な人」が 「言葉の定義」って事にこだわる訳が 今回あげた例で 理解頂けるのではないか、と思います。


#全部はやらなかったんですが
#ご自身でやってみて下さい。




それで、追記部分は Unforgettable Daysさんに タイムリーに良いネタがありましたので、 これを材料に考察したいと思います。 ######

で、この記事で考察している 「JAM THE WORLDが報道番組としてどうか」 については J-WAVE視聴地域ではありませんので 基本的には興味対象外なんですね。 ですので、 ここでは考察しません。 ただ、 Sandmanさんの記事中にある 次の事項を考察しようと言う事です。

・「説明不足」と「民営化の可決成立」とに、  どのような論理的関係があるのだろうか?

これは、面白い課題だと思いました。 とりあえず、命題として 「(法案が)説明不足ならば  その法案は成立するべきでない」 この命題をこの記事の枠組みで考えましょう。

この場合 集合【A】が「法案に対する説明が不足している場合」 を表し 集合【B】が「法案成立するべきでない」 を表すとしましょう。

これが「論理的に関係ある」というのは つまり 集合【A】に含まれ、集合【B】に含まれない部分 つまり 法案に対する説明が不足していて かつ 法案成立しても良い、と考える場合が 全くないって時に この命題が正しいって事になるんだと思います。

要するに 「説明不足」と「民営化の可決成立」を 繋げて考える人、というのは 先の「集合【A】に含まれ、集合【B】に含まれない部分」 が無いって考えている人、 つまり 法案成立をしても良いのは 法案に対する説明が充分な時だけである という価値観を前提として持った人 なんだと思うんです。

つまり Sandmanさんが書いている 『国民にとってすごく役立つ法案だとしても 「説明不足」であれば法案が成立するべきではない』 って事だと思いますよ。 それは、それで1つの見識でしょう。 逆に「説明が不足してようと役立つ法案なら良い」 というのも、極端な話だと思いますし。 だって、「役立つ」かどうかって それほど明らかな事なのかなって思いますから・・・

もっとも、 それを「当然の前提」としてしまって良いのか という問題は、あると思うんですね。 だから 「説明が足りない場合でも  成立して良い法案ってのはないのか?」 というのを「論理の穴」として指摘していく (そして、その際に  「その足りない説明を補足するのがメディアの役割では」  という問いかけは、有効だとは思う。  もっとも、それが「前提」として良いか、は  問われないとイケナイと思いますけど・・・)

こうやって、論理を分析する事で 相手がどういう「価値観」を持っているか が浮き彫りになる場合もあるって思います。



### さて、論理シリーズの次回は 「逆、裏、対偶」というのを説明します。 それで「形式論理の基礎の基礎」の部分は 説明できた事になるんですね。 それも、さっさとやろうと思います。

posted by めたか at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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